なぜ行政の改革は必ず失敗するのか

月刊誌記事から>木下敏之・元佐賀市長へのインタビュー(2008年7月号No231)


財政が破綻すれば、住民福祉が切り捨てられることは夕張市の厳しい状況が示していますが、他人事ではありません。
どの自治体でも例外はないと、木下敏之・元佐賀市長は行政の怠慢を指摘します。

聞き手:編集部

木下敏之・元佐賀市長

木下敏之(きのした としゆき)氏
佐賀市長を1999年3月から2005年10月まで務める。
6年半の間に行った改革は、入札改革、福祉、教育、環境、IT、観光、学校給食パンの原料小麦の国産化、 ダイオキシンを出さないために非塩ビキャンペーン、公共の建物でシックハウス対策を推進するなど、幅広い。
現在は行革のノウハウを自治体に広げるために講演、コンサルティング活動を行いながら、省エネ事業のベンチャー、IT関係企業で働く。
夕張市民病院の応援でメルマガを発信
※。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条』など。
新著に『なぜ、改革は必ず失敗するのか』
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●高齢者医療をどうする
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編集部 「後期高齢者」医療制度が負担額の大きさなどで大問題になっています。
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木下  この問題の議論は的外れのものばかりです。というのは、高齢者の医療費は、どうやっても増えていきます。 誰がどのように負担していくかがまず話し合われなければ、解決しません。 少子高齢化の構図は、わかっているようで、実は理解されていない。
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編集部 どういうことでしょうか?
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木下  そうですが、インターネットを使っている人が佐賀ではまだ少ないですから。
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編集部 改善改革の壁とは?
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木下  75歳以上になると医療費・福祉費が格段に増えます。 例えば、転んで怪我をした人には、腕のいい療法士によるリハビリが必要ですが、その経費だけでは解決しません。 退院できても、家がバリアフリーになっていなければ、また転ぶことになるので、そのフォローも必要になります。 もっと厳しい現実は、85歳以上になると4人に1人が認知症という事実です。認知症はあっても体は丈夫という方の介護は大変です。 彼らを受け入れる施設がなければ、家族が悲惨な思いをすることになります。 「後期高齢者」のケアをどうするのかの検討に、その数の把握は欠かせません。 例えば佐賀市を例にとると、人口は急激に減り、働く世代も減り、今後50年間でどちらも現在の半分近くになってしまいます。 自治体にとって、税収は住民税と固定資産税で、佐賀の場合、ほとんどが個人からの税です。住民税額は1人当たりの区分と所得に応じた区分で決まります。 働く世代と人口が減れば、税収も激減します。 佐賀の場合、高齢化はそれほど急ではありませんが、85歳以上の方が増えてくるので、認知症向けグループホームの整備が必要なのに、まだ手がつけられていません。 働く人が急激に減れば、これらの経費は賄いきれません。しかも、主要産業は行政と建設業。公共事業がすでに半減し、これからもっと減っていきますから、働く場所がなくなります。
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●首都圏に埋まる時限爆弾
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編集部 都市によって人口パターンは違う?
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木下 地方によって中身はさまざまですが、中でも、首都圏には爆弾が埋まっていると言えます。 横浜市は、これから人口がまだ増えていきますが、働く世代が減って、高齢者が急激に増えていきます。 高齢者人口は、2005年から2030年を見ると、65〜74歳までの人口は横ばいですが、75歳以上は約2.5倍、約30万人増え、佐賀市全人口の倍近くになります。 千葉市はもっとすごく、75歳人口が4倍になります。ベッドタウンができて、地方から大量に出て来て入居した団塊の世代がそのまま歳を重ねて高齢者の仲間に入っています。
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木下敏之・元佐賀市長
木下氏講演資料より
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編集部 同じパターンは埼玉にも言えそうですね。
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木下  65歳以上10万人当たりの介護保険施設の定員数を見ると、全国のワースト1が東京、続いて神奈川。 千葉、埼玉が並んで3位。この4都県でワースト3を占めています。 首都圏は土地が高いし、整備にお金がかかります。よほど真剣に考えていかないと、15年、20年後にどうなるのでしょうか。 ところが、首都圏の自治体はこういった問題を住民に告げていない。 田舎なら、まだ周りに親戚がいます。隣近所の支え合いがあり、また、農作業をしていれば生きがいにもなります。 都会で一人暮らしの高齢者がどんどん増えていったとき、また、高齢者の夫婦で片方が具合悪くなったとき、どうするのでしょうか。 さらに、東京23区の出生率が極端に低いのです。渋谷が0.75、世田谷が0.8。 横浜で1.0ぐらいですが、出生率が1.0だと、ひ孫の世代で子どもの数は12.5%にまで減ってしまいます。 その結果、いつまで経っても「誰が高齢者の負担をするのか?」というアンバランスな人口比は解消されません。
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編集部 若い世代が親の面倒を見ながら子どもを生み育てていくのは大変です。
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木下  老人医療、子育て支援と教育改革、福祉。その経費をどう捻出するかを考えなくてはいけない。 オリンピックを誘致しているゆとりが東京にあるのでしょうか?
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●役所の経費節減は簡単にできる
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木下  夕張市の最大の教訓は、町が縮小していくのに対し、職員数をはじめ、行政の規模を小さくできなかったことです。 1960年に12万人。今は1万人ほどです。50年の間に人口が10分の1になっているのに、行政が縮小できず借金が積み重なってきたわけです。
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編集部 そういう例はたくさんありそうですが。
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木下  まずコスト削減です。 役所で私の提案を実行していただければ、30%カットは簡単です。 佐賀市でIT化を進めました。ところが随意契約ばかりです。住民票の自動交付機が、日本製だと2000万円。安くなっても850万円でした。そこで韓国製を導入したところ350万円で済みました。 韓国ではIT化が進んでいます。2003年にソウル市江南区役所を視察して衝撃を受けました。日本の自治体が国を挙げて目指そうとしていた以上のものが、すでに完成していました。 全国の自治体が使うシステムは、重複投資にならないように政府の予算で開発し(知的所有権は韓国政府)、全国の自治体に無償提供していました。 日本では自治体がそれぞれソフト開発をしています。中身はちょっとの違いだけなのに、それぞれ高額な経費がかかります。政府が開発して供給し、浮いたお金を福祉、教育に使えばいいのです。 ファックスやプリンターの導入も1つの機種にしぼれば安くなるのに、佐賀市では役所内ですら統一できていませんでした。だから、IT化してもコストダウンにならない。 役所の経費節減は、やる気にさえなれば、いくらでもできます。ただし、既得権を崩していくのですから、敵が増える。 自治体経営の改革を目指していた首長もスーと目立たなくなることが多いですね。職員は自分が思ったほど動いてくれない、議会を抑えることもできない。 やっているうちに仲良くなってしまうと、落選せずに長続きはしますが、改革は遅れます。
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編集部 手を抜かなかった木下さんだから風当たりが強かったということですね。
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木下  改革で痛みを受けた人は覚えていますが、広く薄いメリットは住民が意識しません。その結果が私の選挙で出ました。
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●自治体が「稼ぐ」ために
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木下 税収増加のため企業誘致をしました。企業の意思決定に合わせて、1日で返事を返すようにして成功したのですが、 誘致は以前から決まっていたというデマを選挙のときに流され、市民はそれを信じましたね。 今の自治体で求められているのは、福祉・教育へ回す金を「どう稼ぐか」です。 この2年間、企業で働いてみて、資金繰りのことも金利のこともわかっていなかった人間が、「産業振興」などと口に出していたと思うと、すごく恥ずかしいです。
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編集部 木下さんですら、そう言われるのですね。
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木下 市の職員も企業で働いた経験は皆無です。何をやったら企業が育つかなど、わかるわけがない。 役人の経験しかない人間にこれからの時代の首長は務まりません。経営のトレーニングを受けた人が首長になるべきです。 また、地方の行政・企業は、経験豊富な団塊の世代、例えば、海外に向けて事業をしてきたような人に働いてもらわなければ、新しい道は拓けないでしょう。 「稼ぐ」経験をした人を受け入れるシステムを、行政として考えるべきです。ところが、地方の認識では、なぜいまさら外の人間を呼ばなければならないか、と反応する。 明治維新の頃の指導者は、外国人技術者を雇い、どんどん知識や技術を習得しました。そのくらいの気概が、いま求められています。 「地域再生」という言葉をよく使いますが、決して昔の人口構成には戻りません。 住民福祉の崩壊が起こって嘆く前に、どんな社会を作るのか、役人任せにしないで、皆で考えなければなりません。
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2008年7月1日発行 No.231
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福祉・教育・環境を守る行政改革とは?



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