打撃は1.7兆円
トランプ米大統領が仕掛けた”関税戦争 “に、世界の自動車メーカーは大きな打撃を受けました。
米経済紙『ウォールストリート・ジャーナル』が8月初旬に集計したところ、打撃の合計額は118億ドル(1.7兆円余)に上ったといいます。
皮肉なことに、中国を除く米国、日本、韓国、欧州の大手メーカーが大きな打撃を受けています。
米国の GM、フォードなどは、メキシコやカナダで最終組立をして米国に” 輸出”しており、中国車は米国市場には入り込めていないからです。
そして、この打撃は今後も続きます。トヨタの見通しでは2026年3月期の営業利益が関税のせいで1兆4000億円押し下げられ、純利益が44%減少するとか。
それでも胸をなでおろしている日本の関係者たちは、追加で多少 ” 投資 ” をボラレタとしても、税率が高率にはならないとみているのでしょう。
ところが米国以外の市場では別の課題がクローズアップされています。中国の自動車産業の台頭と、安価な中国車、特にEV(電気自動車)とどう闘うか――。
日本の牙城ASEAN市場が
ASEAN 市場は以前から日本メーカーの牙城と考えられてきました。
ASEAN6ヵ国の日本車シェアは、2023年には68.2%に上りました。
24年にはたった1年で、5%近く落ちたのです。
大きな要因は、タイのEV 補助金制度だとみられます。
米テスラを抜いて、EV 世界1位になった中国のBYD(比亜迪)が工場進出し、最初の1ヵ月で1万台を売るなど、シェアを急拡大させたのです。
同様のEV 補助制度がインドネシアでも始まり、こちらは韓国の現代自動車が生産拠点を構築し、注目されています。
日本市場を攻める
日本の自動車産業にとって、ASEAN 市場が危ないだけではありません。
そもそも足下の日本市場はどうなのでしょう?難攻不落といわれた日本市場に、EV で挑戦している企業が2社あります。
ASEAN市場と同じ現代自動車とBYDです。
今のところ、両社の挑戦が成功しているようにはみえませんが、特殊な日本市場の攻め方が少し変わってきたようです。
ポイントは「軽」です。
今まで日本車の弱みはEVだとみられていました。
日本人顧客には米テスラがそうだったように、高性能(航続距離の長さ)や、豪華な内装など高級車路線でアピールするのが普通でした。
ところが今、日本で売れているのは、軽自動車です。軽を含む車名別新車販売台数ランキングをみると、1位にホンダ、2位にスズキ、5位にもダイハツの軽自動車がランクイン(2025年7月)。
EV に求められていたのは、地方に住むお母さんたちがちょっと買い物などに行くときに使う、安くて使い勝手のいい2台目の小さな車だったのでは?それに気づいた現代自動車は韓国規格の「軽」EVを投入、BYDは来年、日本規格の「軽」EV を発売すると予告しています。
これらの売り方と価格次第では、日本がいつまでも見えない障壁に守られた特殊な市場であり続けるかはわかりません。
業界再編の新プレーヤー
もし、そうなったら。いや、そうならなくても、いずれ日本の自動車産業で起きて来ざるを得ないのが、業界再編です。
トヨタはマツダ、スバル、スズキなどと、すでにグループを形成しています。
いま必要だから、ホンダと日産が経営統合しようとしたのです。
失敗でしたが、電動化技術の進化や、自動運転、ソフトウェアで性能・機能をコントロールする車、等々、いまの自動車には、競争に勝ち、将来を切り開くための研究開発テーマが山積しています。
その費用を捻出するには、大きな体力が必要なのです。
今の自動車再編がこれまでと違うとすれば、新しい異業種のプレイヤーが出てきたことです。
ホンダ=日産の統合破談で、グループに加われなくなった三菱自動車が選んだのは、台湾の鴻海精密工業との提携でした。
傘下の鴻海先進科技からEVの供給を受けます。
スマホなどと同じ委託生産です。
鴻海精密工業は、米アップルのスマホ「アイフォン」などの製造を一手に引き受けてきた電子機器受託製造の最大手です。
経営の行き詰まったシャープを買収して傘下に入れたことでも知られています。
もっとも、異業種によるEV への参入は、中国では珍しくなく、スマホなどで有名なファーウェイ(華為技術)やシャオミ(小米)がEV を出しています。
こうした新規参入組を交えた、激しい競争が、中国のEVを進化させ、活力を与えているのでしょう。
日本の EV は、中国には勝てないという人が増えてきています。
そんな中での、鴻海と三菱自動車の契約だけに、「鴻海が三菱自を買収?」といった噂や勘ぐりが出てきても当然です。
そればかりか、「鴻海の狙いは日産だ」とか「ホンダにも秋波を送っている」とか「仏ルノーとも接触している」とか……。
「EVは走るスマホ」が創業者の郭台銘氏の認識だそうです。鴻海の動きが業界再編のカギを握ることになるかもしれません。