現地からの中国事情

トランプ関税に強気の習近平

トランプ米大統領の各国への大幅関税引き上げに対して、習近平中国は、関税は米国自身を弱体化させると見抜き、自信をもって、戦いを始めています。

 「トランプ関税」で世界が大混乱する中、中国は「殴られたら殴り返せ」と戦っています。
 大統領令の乱発で世界が混乱に陥った始まりは、第1次トランプ政権の1年目、2017年に行った中国への関税攻撃です。
 中国は、第2次トランプ政権発足前から「60%の関税を課す」と脅され、実際、トランプ大統領は就任直後の2月4日と3月4日に、それぞれ10%、計20%の関税を発動しました。
 対中関税以上に世界を驚かせたのが同盟国や友好国への課税。経済協定を結んでいるメキシコとカナダに対し、25%の関税を発動しました。
 さらに、国を問わず、3月12日に鉄鋼とアルミに25%、4月3日に自働車に25%の関税を発動。
 世界の衝撃はこれで終わりません。
 4月2日に、すべての国に「相互関税」を課すと発表しました。
 相互関税とは、米国の関税を貿易相手の水準まで引き上げることです。
 対米輸出1位と2位のカナダとメキシコを除き、同3位の中国に34%、同6位の日本に24%の相互関税を課しました。
 日本への高関税の理由の一つが、「日本はコメ700%の関税を課している」というから驚きです。
 世界を相手に高関税を課すトランプ大統領の発想は単純です。米国へ輸出して利益を得る国に「米国市場へのただ乗りは許さない」という考えです。
 しかし、関税は輸入企業が払うもので、輸出する外国の企業が負担するものではありません。米政府が自国の輸入企業から徴収し、最終的には米国の消費者が払うことになります。
 つまり、儲かるのは米政府だけ。他は誰も得しません。
 例えば、メキシコへ25%の関税を課した結果、メキシコから大量に輸入している果物や野菜、鶏肉、豚肉、卵などのスーパーでの販売価格が即座に値上がりします。
 カナダへの課税は材木の輸入価格の上昇を招き、住宅価格に跳ね返ります。
 また、カナダは水力発電が豊富で、米国に電力を輸出しています。電気代が高くなれば、米国人の懐が痛むことは確実です。

歴史上、関税で蘇えった産業はない

 関税を課せば、海外から米国への工場移転が始まると期待していることも問題です。
 最も重要な歴史の教訓は、関税引き上げで産業が復活した国はないということです。
 日本経済が高度成長して行く過程で、日米の間で貿易戦争が度々起りました。
 米国は、繊維、家電、鉄鋼、自動車など日本からの輸入品に関税を課しましたが、米国の産業は復活しませんでした。
 トランプ大統領は昨年の選挙戦から、「MAGA」(米国を再び偉大にする)と叫び続けています。
 MAGAは、かつて世界を支配した鉄鋼、造船、自動車などの産業を蘇らせ、製造大国の輝きを取り戻そうというものです。
 3月の施政方針演説でトランプ大統領は米国の造船業を復活させると強調しましたが、本当に復活できるでしょうか。
 施政方針演説の1年前に、ニューヨーク・タイムズ紙が「米国は艦艇を造る能力がない」と警鐘を鳴らしています。
 世界の造船製造ランキング(2023)を見ると、ダントツの1位は中国で、年間約3,286万㌧。2位は韓国で約1,832万㌧。3位は日本で約997万㌧。
 これに対し、第2次大戦後、長らく造船大国だった米国は、今や約6.4万㌧。中国のわずか500分の1。高品質の鉄鋼を大量に使う造船業の衰退は、鉄鋼業の競争力低下にもつながりました。
 しかし、日本製鉄によるUS スチールの買収をめぐる騒動を見ると、トランプ大統領に本気で製造業を復活させる気があるのか疑問がわきます。
 関税引き上げで米国内の産業が守られると、米企業の経営者は経営努力を怠り、値上げで簡単に儲けようとします。結局、トランプ大統領の関税策は米国の製造業を一段と衰退させ、大失政との評価が下されることになるでしょう。

 製造分野で国家目標を達成した自信

 中国に目を転じると、経済・社会が断崖絶壁にあるにも関わらず、「制裁関税」に譲歩を求めるような弱い姿勢を見せません。「目には目を」と、トランプ大統領の支持基盤である農業を攻めどころにして、農産物に報復関税をかけたのです。
 これは、実に凄いことです。
 石破首相がトランプ大統領と会見したとき、官僚が作文したメモを見て発言するだけで、大統領の意向を受け賜ることしかできなかったのを見せられただけに、習近平主席を誉めたくなります。
 なぜ、習近平中国は米国に立ち向かえるのでしょうか。
 一つは、国内でサプライチェーンが完結し、半導体や車載用蓄電池に用いる希少金属が豊富にあることを、世界の最先端産業との交渉の武器にしているからです。
 電気自動車(EV)、太陽光パネル、車載用電池、ドローン、大型旅客機、半導体を始め多くの分野で世界トップの座に就いています。
 今年1月には、新興企業の「DeepSeek(深度求索)」が極めて低コストでA(I 人工知能)の開発に成功し、AI でも最先端にいることを示して、世界を驚愕させました。
 中国が10年前に掲げた、先端産業で世界のトップに並ぶという国家目標「中国製造2025年」を実現した自信があるので、習近平中国は、「タリフ(関税)マン」を自称するトランプ大統領の脅しに一歩も引かないのです。