現地からの中国事情

中国人の国家観に変化

中国で殺傷事件が相次いでいます。バブル崩壊で「希望」が消えたからです。この変化は見逃せません。

 改革開放後、中国人は鄧小平の「豊かになれ」の掛け声に、「明日は今日より豊かになる」とばかり、「向銭看シェンチェンカン(銭に向って進め)」と希望をもって生きてきました。
 庶民は、不満を口にすることはあっても、経済が悪化しようが、天安門事件が起きようが、汚職と賄賂が跋扈しようが、共産党政府が「豊かな生活を守ってくれる」と、党に信頼を寄せてきたのです。

庶民が党を信頼しなくなった

 ところが、この夏以降、中国人の経済や党に対する見方が大きく変り始めています。
 2024年の春節ごろまでは、「バブル崩壊が始まっているのか」と中国人に質すと、中国を貶める発言だと反発する人が多かったのです。
 それが、2024年末は富裕層だけでなく庶民も、党の「経済成長は続いている」と言う説明を聞き流し、バブル崩壊を自覚しています。
 これは、驚くべき変化です。何がこの変化をもたらしたのでしょうか。
 9月下旬、中国政府は低迷する経済を立て直そうと、劇薬と知りつつ上海株式市場に資金が流れ込むように新たな融資の仕組みを投入しました。
 これによって一時的に株価は暴騰しましたが、経済が不振のままなので株価の高値は維持できず、改革は失敗しました。

地方債務対策に210兆円

 そこで中国政府は11月初旬、中国経済の元凶になっていた地方政府の債務を軽減するために総額10兆元(約210兆円)規模の対策を打ち出しました。
 210兆円という額に圧倒されますが、内容を見ると、改めて中国地方政府の債務の巨大さに驚愕します。
 3年で6兆元(126兆円)の債務を置き換え、5年で4兆元(84兆円)の地方債の発行枠を拡大するという構図です。
 債務の置き換えは地方政府の財政強化に繋がりますが、直接の財政出動が伴わないことと、隠れ債務が闇に包まれているため、うまくいっても年間に0.8兆元(16.8兆円)分ぐらいの効果しか期待できないと見られています。
 地方政府の債務の実態が不明なので、この程度の対策では、中国経済が不振から脱出することは容易ではないのです。
 もっとも、簡単にバブル崩壊を食い止めることが出来るぐらいなら、習近平政府はとっくに手を尽くしています。40年にわたって膨れ続けた経済成長という名のバブルは、史上に例を見ない怪物になりました。これを通常の国がするような金融緩和と財政出動で対処すると猛烈なインフレを招き、元が暴落します。
 このことを中国の首脳部は、蒋介石の国民党政府が紙幣を乱発してインフレが起こり、国民党が信頼を失って、共産党国家が誕生したことで学んでいます。
 それを知っているから、習近平政府は金融緩和や財政出動に踏み出せないのです。

不思議なマンション事情

 地方政府の不良債権は闇と伝えましたが、中国全土での過剰なマンション数も明らか
になっていません。
 中国の人口は約14億人ですが、建設途中で放棄されたものや空き家のマンション数は、人口に匹敵するとも伝えられています。
 こう伝えるとバカなことを言うなと叱られそうですが、余剰マンションの数は中国の専門家もハッキリ答えられないので、改めて少し考えてみましょう。
 中国の都市人口は約5億人、農村に住む人が約9億人です。中国のマンション問題が伝えられるとき、情報の発信源はほとんどが豊かな北京、上海、深圳です。
 都市住民のほとんどがマンションバブルの勃興期の波に乗った人です。彼らは共産党から支給された人民住宅の権利を資金源にしてマンションを所有しました。
 その価格が上がると知ると、さらにマンションを購入しました。その場合、元のマンションを空き室のまま所有し続けるケースが一般的です。
 それで都市住民の多くが家族の人数分のマンションを所有しているのです。
 私が2010年頃に住んだ上海のマンションの大家は浙江省の人で、約100戸を所有していると自慢していました。
 沿海部で始まったマンションの開発は、中国全土に及び、ブームが30年以上も続いたのです。それで、14億の人口に匹敵するほどの余剰マンションが生まれ、中国人の国家観を変貌させたのです。

今もマンション建設が進む不思議

 日本では伝えられていませんが、驚くべきことに、中国では今もマンションが造り続け
られています。
 地方政府は財源を確保するために農民から土地を取り上げ、土地を開発業者に売らなければやっていけないし、地方の業者も生きていかなければなりません。
 これを不動産バブル退治と格闘している習近平政府は見て見ぬ振りをしています。
 不動産業は中国のGDPの約3割を占めてきたと言われるので、完全に不動産ビジネスの栓を閉めたら、今以上に失業者が街に溢れます。14億の人々が共産党に期待しなくなったら何が起きるか、党は疑心暗鬼でしょう。地方では暴動が頻発し、都市へ波及すると想定されます。
 しかも、中国が世界最強を誇った太陽光発電、ロボット、EV(電気自動車)などの先端工業品は輸出に陰りが見えています。
 中国は、これから長期にわたって経済不振に苦悩する見込みです。この変化の中で中国人はどう変貌するか、注目されます。