致死率30%
誰が命名したのか知りませんが、「人食いバクテリア」とは、なんとも恐ろしい名前です。
正式名称は「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」(STSS)と言います。
溶血性レンサ球菌(いわゆる溶連菌)は、急性咽頭炎(のどの風邪)などを引き起こす細菌で、溶連菌が原因となる溶血性レンサ球菌感染症は、それ自体は、ペニシリン系やセフェム系の抗生物質を服用すれば短時間で治癒します。きちんと対処すれば、恐れることは何もありません。
ところが、同じ溶連菌が、何らかの要因でふだんは入り込まない血液や筋肉、深部組織に侵入すると、敗血症などの重篤な症状を引き起こし、急速に多臓器不全が進行します。これがSTSSです。
重症感染症であり、死亡率は約30%とされています。重症化するメカニズムは解明されていません。
昨年の患者数は過去最多
STSSの患者は増加傾向にあります。
厚生労働省のデータによると2023年の報告数は2022年に比べて33%増の941件となり、1999年に統計を取り始めて以降最多を記録しました。
2024年にはさらに倍増して1888件。
今年は半分を過ぎたところで763件。前年よりは減っていますが、一昨年を上回るペースです。
症状と進行
感染経路としては、傷口からの侵入や咽頭からの血行性拡散、または外傷や手術後など皮膚バリアが損なわれた場合などが考えられています。
初期症状は、発熱、咽頭痛、悪寒、筋肉痛、倦怠感など、一般的な細菌感染症と似た症状です。しかし、進行が非常に早く、数時間から1日程度でショック状態や多臓器不全に至ることがあります。
特徴的な症状としては、急速な血圧低下、意識障害、発疹、四肢の腫脹や強い疼痛、さらには壊死性筋膜炎(筋肉や皮下組織が壊死する状態)を伴うことも少なくありません。
特に、壊死性筋膜炎は、患部の皮膚が紫色に変色し、激烈な痛みが持続します。
また、腎不全や呼吸不全、肝障害など多臓器不全を短時間で引き起こし、致死率が高いのが特徴です。
高齢者や基礎疾患(糖尿病、肝疾患、免疫不全など)を持つ方は重症化しやすい傾向にありますが、健康な若年層でも発症することがあります。
診断、検査、治療法
STSSの診断は、急激な症状の進行、ショック、多臓器不全の所見、そして溶血性レンサ球菌の検出によって行われます。
血液培養や患部からの菌の検出、抗原検査、PCR 法などが用いられますが、感染症の進行が早いため、臨床症状や患者の既往歴、発症状況をもとに迅速な対応が求められます。
治療の基本は、速やかな抗菌薬投与とショック対策です。
第一選択薬としてはペニシリン系抗生物質が用いられ、重症例ではクリンダマイシンなどの併用が推奨されます。
菌の産生する毒素に対しては、免疫グロブリン大量投与(IVIG)が有効な場合もあります。
壊死性筋膜炎を伴う場合は、外科的なデブリードマン(壊死組織の切除)が不可欠です。集中治療管理が必要となるケースも多く、人工呼吸管理や循環管理、腎代替療法(透析)などが行われます。
以上がSTSSの一般的な説明です。具体的な患者さんのケースを見て見ましょう。
足を切断して命を取りとめる
50代の介護職の男性が足のケガに気づいて病院を受診しました。
話を聞くと、勤務する老健施設で入浴支援の際に負ったもので、小さい傷だったので、たいして処置もしないでいました。
ところが、数日後、痛みはさほどでないものの、傷口からリンパ液のような液が、ソックスが濡れるほど大量に出てきました。
また、ケガした部分の皮膚が変色していました。
足の指の炎症が化膿した普通の傷ではないために、STSSを疑い、直ちに専門医に紹介入院しました。
すると、予想通りSTSSと診断されました。
迅速な治療が必要なので、感染した脚を切断して一命をとりとめました。
知人の内科医が経験した例では、受診の遅れで死に至ることもありました。
診察時にすでに全身状態が悪く、ショック状態でした。意識がもうろうとしていた中で、救命のために脚の切断が必要になったと説明して本人の了解を得て切断しました。
しかし、全身状態が急速に悪化し、死亡してしまいました。
予防と早期発見の重要性
今のところ、STSSに対する特別なワクチンは存在していません。したがって、感染しないよう日頃から注意することが非常に大切です。
日常生活における予防策としては、傷口の消毒や清潔保持、手洗いの徹底、感染症流行期の体調管理が重要です。
症状が急速に悪化するため、「強い痛み」「発熱」「患部の腫れや変色」などの異常を感じた場合は、速やかに医療機関を受診することが命を救う鍵となります。