闇市場で簡単に入手
このところ、合成薬物のフェンタニルに関連するニュースを、日本のメディアが盛んに流しています。
フェンタニルはもともと、ガンの激しい痛みなどを和らげるための医療用麻薬の一種です。
その医療用麻薬の中には、オピオイドと呼ぶ種類があります。人の中枢神経や末梢神経に存在するオピオイド受容体に作用し、痛みを和らげるので、そう名付けられました。
オピオイドにはさらに、モルヒネのように植物由来の天然のものと、化学的に合成されたものに分けることができます。フェンタニルは化学合成されたオピオイドです。
フェンタニルはモルヒネの50~100倍の鎮痛効果を持つとされ、主に重度の急性痛や慢性痛、ガン性疼痛などの緩和ケアや、手術時の麻酔補助薬として広く使われています。
強力な鎮痛作用を発揮しますが、同時に強い副作用も伴い、過剰に摂取すると呼吸停止を起こすことがあります。
このため、一般の人が使う場合は、当然、医師の処方が必要です。ところがアメリカでは、闇市場やインターネットを通じ比較的簡単に入手できてしまいます。
また、本来の痛みを和らげる目的ではなく、麻薬代わりに常用する人も相当数に上ると見られています。
2016年に世界的人気歌手のプリンスさんが急死しましたが、検視の結果、死因はフェンタニルの過剰摂取であることがわかりました。
他にも、フェンタニルの過剰摂取で命を落とした著名人は数多くいます。
薬物の過剰摂取で年間8万人超が死亡
一般のアメリカ人も過剰摂取や違法摂取によって命を落とす人があとを絶ちません。
トランプ大統領は1期目の時、オピオイドの乱用による死亡事故の急増を受けて緊急事態宣言を発令しました。しかし、問題は依然続いています。
政府の疾病対策センター(CDC)の推定によると、2024年10月31日までの12か月間に薬物の過剰摂取で死亡した人は、その1年前に比べて25%減少しましたが、それでも8万4,000人もの人が犠牲となりました。
薬物の過剰摂取は、18~44歳に限れば死因の1位。また、死亡した8万4,000人の62%にあたる5万2,400人がフェンタニルを主とする合成オピオイドの過剰摂取によるものでした。
このため、ケネディ保健福祉長官は3月、トランプ大統領が2017年に発令した緊急事態宣言を90日間延長すると発表しました。
「過剰摂取による死亡者数は減少し始めているものの、オピオイド関連の過剰摂取は依然として薬物関連死亡の主な原因となっています」と、ケネディ長官は宣言延長の理由を述べました。
日本が関与か?
このアメリカ社会を揺るがしているフェンタニル問題に、日本が関与している可能性が浮上しています。
きっかけは、6月26日~28日の日本経済新聞の大きな報道でした。
記事は、フェンタニルをアメリカに不正輸出する中国組織が日本に拠点をつくっていた疑いを指摘したもので、組織の中心人物が名古屋市に法人を登記し、少なくとも2024年7月まで日本から危険薬物の集配送や資金管理を指示していたと報じています。
そして記事は、「日本は米中対立を招いたフェンタニル危機の最前線となっているおそれがある」と日米関係に悪影響を及ぼす可能性に言及しました。
フェンタニル問題に神経をとがらせているトランプ政権は、薬物が中国、メキシコ、カナダからアメリカに流入しているとして、2月以降、各国に原則20~25% のいわゆるフェンタニル関税を課しました。さらに、財務省は6月25日、フェンタニルのアメリカ流入に絡んだマネーロンダリング(資金洗浄)に関わったとして、メキシコを拠点とする金融機関3社との一部取引を禁じる制裁措置を発表しました。
アメリカへのフェンタニルの流入に、結果的に日本が関与していたことが明確になれば、トランプ大統領がそれを理由に対日貿易交渉で一段と譲歩を迫る可能性もあります。
トランプ大統領の政策で再悪化も
一方、ここに来て、アメリカのフェンタニル危機が、トランプ大統領の政策のせいで再び悪化するとの見方も出ています。
昨年、薬物による事故死が25%も減少した理由は、バイデン前政権下で進められた地域の医療・福祉体制の充実と、薬物による急性中毒症状を起こした場合に静脈注射で呼吸を回復させることのできるオピオイド拮抗薬の普及にあるとされています。
ところがトランプ大統領は、今年初めの就任以来、医療関連の連邦政府職員数の大幅削減や担当部署の縮小、地方への補助金カットなどを強力に推進しています。
これらによって、薬物問題に取り組んできた民間の非営利組織や地方自治体の活動が、すでに大幅な縮小に追い込まれていると、メディアが報じています。
さらに、7月4日に成立した減税・歳出法は、10年間で3.8兆ドル規模の減税を実行する一方、1兆ドル規模の給付カットを見込んでいて、低所得者を中心に1000万人が医療保険を失う可能性があるとされています。
そうなると、薬物の過剰摂取に対する治療が難しくなります。
トランプ大統領が自らの失政の責任を他国に押し付けることのないよう、日本政府は毅然とした態度でトランプ氏に釘を刺しておくべきです。
