
大統領令でMAHA委員会を設立
超大国アメリカはいつの間にか、病人の数でも超大国になっていました。図らずもそれを認めて明らかにしたのが、現トランプ政権で、2月に大統領令を出し「アメリカを再び健康にする大統領委員会」の設立を発表しました。
アメリカ国民を不健康にしている原因を究明し、再び健康にするための政策を大統領に提言するのが目的で、委員長にはロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官が就任しました。
メンバーは他に、農務長官、教育長官、環境保護庁長官、食品医薬品庁(FDA)長官、疾病対策センター(CDC)長官、国立衛生研究所(NIH)所長やその代理らという、そうそうたる顔ぶれ。まさにトランプ政権挙げての取り組みです。
同委員会は、ケネディ長官が昨年の大統領選で掲げたスローガン「Make America Healthy Again(アメリカを再び健康に)」の頭文字を取って「MAHA(マハ)委員会」とも呼ばれてます。
委員会の設立を発表したホワイトハウスのプレスリリースは、アメリカ人がいかに不健康か、データで示しています。
世界最悪の平均寿命、ガン罹患率
たとえば、国民の平均寿命は他の先進国に比べてはるかに短く、10人に4人が複数の慢性疾患を抱え、成人の5人に1人が精神疾患に苦しんでいると指摘。
ガンに関しては、国民の年齢構成を考慮した年齢調整罹患率が世界204の国と地域の中で最も高く、2021年の罹患率は2位の国のほぼ2倍、1990年から2021年にかけての増加率は88%で、比較対象国の中で最大と述べています。
自閉症スペクトラム障害の有病率も高所得国の中で最高と指摘しています。
子どもの健康状態についても詳しく書いています。
たとえば、2022年時点で子ども全体の40.7% にあたる約3000万人がアレルギーや喘息、自己免疫疾患など何らかの健康問題を抱えていると説明。
自閉症スペクトラム障害と診断された子どもは、1980年代には1万人のうち1〜4人だったが、現在は36人に1人と「驚異的」に増加していると述べています。
また、青少年の18% が脂肪肝、30% 弱が糖尿病予備軍、40% 以上が過体重または肥満と指摘しました(過体重、肥満の割合は合わせて約70%ですので、プレスリリースのデータは他にも不正確なものが含まれている可能性もあります)。
この現状を大きく変えるには、患者に対し薬を処方するなどする対症療法だけでは不十分で、慢性疾患の予防に重点を置く必要があるとし、そのためには、省庁横断的な取り組みが欠かせないとして、MAHA 委員会の設立意義を強調しました。
そのMAHA 委員会は5月22日、最初の報告書をまとめ、トランプ大統領に提出しました。
子どもを病気にする4つの要因
報告書は、子どもの慢性病の原因と考えられる4つの要因をまとめています。それらとその説明は以下の通りです。
1. 貧しい食生活
アメリカ人の食生活は超加工食品への依存度が急速に高まった結果、栄養不足、カロリー過多、有害な添加物への曝露を引き起こしています。現在、子どもの摂取カロリーの約70% は超加工食品由来で、肥満、糖尿病、その他の慢性疾患の一因となっています。
2. 環境化学物質の蓄積
子どもたちは、農薬やプラスチック、有機フッ素化合物(PFAS)など、ますます多くの合成化学物質にさらされています。その中には発達障害や慢性疾患と関係しているものもあり、それらの複合曝露によって子どもたちの健康が脅かされないよう、現行規制の不断の見直しが重要です。
3. 運動不足と慢性的なストレス
子どもたちは、前例のないレベルの運動不足、スマホなどの見過ぎ、睡眠不足、慢性的なストレスに直面しています。これらは慢性疾患やメンタルヘルスを抱える子どもの数の増加を招いています。
4. 過剰医療
多くの子どもが医者から過剰に薬を処方されています。これは多くの場合、医療業界における利益相反的な行動が原因で、不必要な治療と長期的な健康リスクにつながっています。
業界の反撃をかわせるか
今回発表された報告書は子どもたちを病気にする原因の指摘にとどまっていますが、MAHA 委員会は8月をめどに、今回の報告書に基づいて処方箋、つまり問題解決のための政策をまとめて公表する予定です。
報告書が指摘した4つの要因はいずれも、多くの専門家によって繰り返し指摘されてきたことで、目新しさはありません。
問題は、有効かつ実行可能な処方箋が提示できるかで、4つの要因に、その要因を作り出す業界が存在しているからです。
超加工食品は食品メーカーが製造、環境化学物質は農薬メーカーや化学品メーカー、スマホをはじめとするデジタル機器はIT 企業、医療は医療業界や製薬メーカーがからんでいます。いずれも大企業であり、強大な政治力を持っています。
実際、ワシントン・ポスト紙によると、報告書の原案では、農薬に対する規制強化の必要性を盛り込むことになっていましたが、農薬業界の必死のロビー活動の結果、かなりトーンダウンしということです。
次回の報告書で有効な処方箋を示すことができれば、アメリカ人の心身が改善に向かうのは間違いありません。しかし、大企業が公然と政治を支配する現状では、アメリカ人が再び健康になるのは、夢のまた夢です。
稀に見る貧富の差
もう一つの社会の病とは、世界でも稀に見る貧富の差です。
つい最近までトランプ政権下で政府効率化省(DOGE)を率い、連邦政府の職員を次から次へと首にした実業家イーロン・マスク氏は、言わずと知れた世界一の資産家です。
そのマスク氏が最高経営責任者(CEO)を務める電気自動車(EV)メーカーのテスラは昨年6月に開いた株主総会で、マスク氏に対する約550億ドル(約8兆8000億円)の報酬を承認しました。
マスク氏ほどではありませんが、アメリカの大企業の経営者や管理職はみな、日本では考えられないほど高い報酬を得ています。
一方で、世界一の経済大国とは思えないほど貧困にあえぐ国民がたくさんいます。
アメリカには「補助的栄養支援プログラム(SNAP)」という貧しい家庭を支援する制度があります。簡単に言うと、使途を食品の購入に絞った生活保護費の支給です。
農務省によると、2023年度にSNAPの給付を受けた人は、1カ月あたり平均4210万人。
これは、アメリカ在住者の12.6%に相当し、じつに8人に1人が日々の食事も満足に確保できない状況なのです。
国勢調査局によると、2021年の貧困率は6%で、前年から0. 1ポイント上昇。所得格差を表すジニ係数は0.494で、やはり前年の0.488から1.2%上昇しました。いずれも主要先進国の中で最悪レベルの数値です。

貧富の差が民主主義を脅かす
貧富の差が広がると何が問題なのでしょうか。ずばり、それは民主主義の脅威となるからです。
どんな社会にも貧富の差は存在します。
共産主義社会にだって、中国を見ればわかるように、貧富の差は存在します。ですから、ある程度の貧富の差は許容しなければなりません。
しかし、アメリカ社会の貧富の差は許容範囲をはるかに超えてしまいました。
その結果、多くの国民が強い不公平感を募らせ、社会や政治に対する不満を膨らませ、政治行動へと駆り立てられたのです。
そうした持たざる者の強い不満や激しい怒りをうまく救い上げて誕生したのがトランプ政権です。
トランプ大統領は、選挙で深まった社会の分断を修復するどころか、大統領の権限を乱用して政敵を容赦なく攻撃し、人権侵害の批判を意に介せずに合法移民を大量に国外追放処分にし、言論の自由を無視して大学の経営に介入し、ついには議会や裁判所を意のままにコントロールすることで、民主主義を担保する仕組みである三権分立を破壊しようすらしています。
選挙という民主的な手続きで選ばれた権力者が、選ばれた途端、民主主義を破壊する独裁者へと変貌するその姿は、まさに第二次世界大戦を引き起こしたナチス・ドイツのヒトラーそのものです。
大企業が政治を支配
では、アメリカは、現在の民主主義崩壊の危機を招いた根本原因である貧富の差という病を、自ら治すことができるのでしょうか。
残念ならが、少なくとも当面は、心身の病と同様、その可能性は非常に低いと言わざるを得ません。
なぜなら、貧富の差は社会の構造的な問題となってしまっているからです。つまり、社会を根本的に造り変えないと、貧富の差はなくならないのです。
アメリカで貧富の差が顕著に拡大し始めたのは、トランプ大統領が尊敬するレーガン大統領の時代からでした。
1981年に就任したレーガン大統領は、外交面では軍備を増強し、力でソ連(現ロシア)をねじ伏せ、冷戦を終結させました。その功績は無視できませんが、内政面で小さな政府を目指したことにより、結果的に弱者切り捨てにつながりました。
同時に経済活動の規制緩和を推進したため、企業には多大な恩恵をもたらしました。
万病のもととなる肥満が急に増え始めたのも、このころです。規制緩和のお陰で食品・外食業界が急成長し、知らずにカロリー過多に陥る国民が増えたからです。
こうして、民主主義の主役であるはずの国民は脇に追いやられ、経済力をつけた大企業が国民に代わって政治を支配するアメリカ社会の現在モデルが出来上がったのです。
この社会モデルは、政権が交代すると微妙に修正されましたが、基本的には変わりませんでした。
それは、国民の大きな期待を背負って2009年に誕生したオバマ政権も同じでした。
オバマ大統領は選挙戦で、国民の融和を掲げて票を集めましたが、裏を返せば、それは社会の分断が深刻になっていた証です。
これを端的に表したのが、オバマ政権3年目の、2011年秋に起きた、大勢の若者によるウォール街占拠事件でした。
デモや座り込みをしてウォール街に何ヵ月も居座った若者たちは「われわれは99%」を合言葉に掲げました。これは人口のわずか1%の富裕層が多くの資産を独占している社会の現状を批判し、社会の変革を訴えた民主的な運動でした。
しかし、それでもアメリカ社会は根本的には何も変わらず、ついにトランプ大統領の登場となったわけです。
トランプでも変わらないが
そのトランプ大統領も一見、自分を選んでくれた社会的弱者の見方のように見えますが、就任以来打ち出している政策は、実質的な消費税である輸入関税の引き上げなど、弱者を鞭打つような政策ばかりです。
トランプ大統領は、弱者を自分のために利用しているだけで、本気で弱者のことを考えているわけではありません。
このままでは、そのうちアメリカでとんでもないことが起きるのではないかと心配でなりません。