アメリカの市民生活

忍び寄るテロの不安

トランプ大統領が就任早々、国の内外に衝撃を与えています。ある程度は予想されていたことですが、最悪の結果を引き起こさないか心配です。 

やりたい放題、言いたい放題

写真はイメージです

 1月20日の就任直後からトランプ大統領が大立ち回りをしています。
 大統領令を乱発して、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定を脱退し、世
界保健機関(WHO)の脱退を宣言し、不法移民を手あたり次第に拘束して出身国に強制
送還し、コロンビアが送還者の受け入れを拒否すると25% の関税をかけると脅して屈服させ、カナダとメキシコに25%、中国に10%の追加関税を課し、メキシコ湾の名前を勝手に「アメリカ湾」と変え、パナマ運河とグリーンランドの獲得を公言し、そのために武力行使の可能性まで口にしました。
 さらに、2021年の連邦議会襲撃事件に関し、自身の責任を追及した司法省の幹部や、気に入らない幹部官僚を片っ端から首にし、国防総省の報道機関専用ルームから自分に手厳しいメディアを追い出して代わりに極右メディア入れ、ホワイトハウスの記者会見でも極右メディアからの質問を優先し、各政府機関が進めていた人材多様性推進プログラムを何の躊躇もなく葬り去りました。
 約70人もの犠牲者を出した1月29日の旅客機と軍のヘリコプターの空中衝突事故の直後に開いた会見では、事故の原因はバイデン政権が進めた多様性政策で障害者などが雇用されたためだと言い放ちました。
 まさに、やりたい放題、言いたい放題。
 大統領選で悪化した社会の分断の傷を、一国のリーダーとして癒す努力をするどころか、分断をさらに煽るかのような言動です。
 それが一期目をはるかに超えているので、衝撃が広がっていますが、本当の衝撃がアメリカを襲うのは、これからです。
 そのうちツケが回ってくる例えば、関税の大幅引き上げが、アメリカ経済や国民の生活にもたらす衝撃です。
 トランプ大統領はずっと「相手国に関税を払わせる」と言ってきましたが、関税を最終的に負担するのは、関税分が上乗せされた高い輸入品を買わされるアメリカの消費者であって、相手国ではありません。
 経済の専門家はずっとこの事実を指摘していますが、トランプ大統領は聞く耳をもたないので、近いうちにツケが回ってきます。
 不法移民の強制送還も同様です。
 トランプ大統領は治安悪化を不法移民のせいにしていますが、不法移民の大半は祖国の家族に送金するため、まじめに働く人たちです。しかも、従事しているのは農場や建設現場、食肉工場といった低賃金で危険な仕事ばかり。不法移民を一掃したらアメリカ経済は立ち行かなくなります。
 筆者が新聞記者として駐在した2000年代半ばも、アメリカは不法移民の問題で大きく揺れていました。しかし、当時の共和党ブッシュ大統領は「移民はアメリカ人のやりたがらない仕事やってくれる」と述べて不法移民の追放に賛成せず、議会の共和党議員も約半数が追放に反対したため、アメリカは貴重な労働力を失わずに済みました。
 現在は、本心では不法移民は必要と思っていても、口に出すとトランプ大統領の攻撃の餌食になるので、勇気を持って言い出す共和党議員はいません。
 もっとも、トランプ大統領から睨まれないようにと大手IT 企業がこぞってトランプ氏に多額の献金をしたように、不法移民が必要な業界もトランプ氏に多額の献金をすれば、例外扱いしてもらえる可能性はあります。
 すでに、水面下でそのような交渉が行われているという報道も目にします。
 怖い単独行動主義それよりも最悪の結果をもたらすのでは、と懸念されるのが、外交における単独行動主義(ユニラテラリズム)です。
 外交とは本来、関係国が何とかウイン・ウインの結果を得られるように根気よく交渉しながら進めるものですが、今のトランプ政権がやろうとしていることは、アメリカの利益のみを考え、軍事力や経済力を振りかざして相手を無理矢理ひざまずかせようとする、まさに力による単独行動主義です。
 これで思い出すのが2001年に就任したブッシュ大統領です。
 ブッシュ大統領は就任早々、パリ協定の前身である京都議定書からの離脱を表明し、防衛政策でも同盟国との協調よりアメリカ単独での防衛を優先する姿勢を見せるなど、前任者の民主党クリントン大統領の政策から大きく方向転換しました。
 そうした中で起きたのが、2001年9月11日の同時多発テロです。
 後のいくつかの研究が、国際テロ組織アルカイダが最終的にテロの決行を決断したのは、ブッシュ政権の単独行動主義だったと、指摘しています。
 鈴を付けるのはアメリカ人自身アメリカ史上最も親イスラエルの大統領を自負するトランプ大統領は、ヨルダンなど中東のイスラム諸国に対し、イスラエルの攻撃で壊滅的な打撃を受けたパレスチナ自治区ガザの人々を受け入れるよう要請し始めました。これに対しては、パレスチナ国家を消し去るジェノサイド(民族浄化)ではないかという強い批判が上がっています。
 このままでは、アメリカへの憎悪は高まるばかりです。
 もちろん、同時多発テロ以降、アメリカのテロ対策は格段に強化されていますが、それでも大規模テロを確実に防げる保障はありません。
 暴走するトランプ大統領の首に果たして誰が鈴をつけるのか。残念ながら、世界の中で、それができる国は、今はありません。
 それができるのはアメリカの有権者だけ。
 来年秋に行われる連邦議会の中間選挙を待つしかありません。