やさしい経済解説

クルマのスマホ化は止められない

日本の自動車産業で業界再編の動きが始まりました。業績の悪い日産を助ける経営統合という見方もありますが、突き動かしているのは、クルマの"スマホ化"です。

巨大グループの誕生

 昨年末、ホンダと日産自動車、三菱自動車の3社長が記者会見し、ホンダと日産とが経営統合に向けた協議を行い、三菱自も合流を検討すると発表しました。
 ホンダと日産といえば、日本の自動車産業の2位と3位の会社ですから、一般の人たちを含めて大きな話題になりました。
 この統合によって、世界の自動車産業では、1位のトヨタ、2位のフォルクスワーゲンに次ぐ、世界3位の巨大グループが誕生することになります。
 日本国内は、トヨタと資本提携するスバル、マツダ、スズキなどがグループを形成しており、今回の3社連合と、大きく2つの勢力に二分されることになるのです。
 これほどの世界的巨大グループの誕生にもかかわらず、記者会見に臨んだ経営者たちからも、報道機関のほうからも、盛んに飛び出したキーワードは、「 危機」という言葉でした。
 理由は、業績の悪い日産にとって、2度目の事実上の救済だからといったことでは、おそらくないでしょう。それよりも世界の自動車業界が「100年に1度」の大変革の時期を迎えているためなのです。

SDVというクルマ

 その変革の課題の一つがEV(電気自動車)への移行です。これ、実は一般に考えられているように、動力源をガソリン・エンジンからモーターに転換するだけの話ではないのです。
 最近、SDV(ソフトウェア・デファインド・ヴィークル)と呼ばれるクルマの開発に各社が取り組んでいます。SDVとは、機能や性能がソフトウェアによって決められるクルマです。
 SDV が注目されるようになったのは、2018年でした。米国の非営利組織が発行する消費者向け雑誌『コンシューマー・レポート』のテストで、米テスラのEV「モデル3」のブレーキ性能の問題点が指摘されたのです。
 車重が重いフォードの大型ピックアップよりも制動距離が長かったからです。
 指摘を受けてテスラは、無線通信でソフトウェアをアップデートする方法を使って、モデル3のプログラムを書き換えた結果、制動距離を6メートルも縮めたといいます。
 EV であれば、アクセルやブレーキのようなクルマの基本性能までソフトウェアでコントロールできるのです。
 そのうえ後からアップデートも可能だとなると、そもそもクルマの設計のあり方が変わってきます。また、クルマの売り方、ビジネスモデルも違ってくるでしょう。
 そして、SDV のもう一つの特長が、誰でもがクルマづくりに参入できることです。
 これらの特長を言い換えれば、クルマがスマホ化しているのです。

異質なモノづくり

 クルマのスマホ化――そこは、日本が得意とするモノづくりの世界とは大きく違います。ガソリン・エンジン回りの擦り合わせ技術の複雑さはありません。モジュールを配線でつなぎ合わせれば、EV は完成するのです。
 実際、米テスラは会社設立20年ほどで世界一のEVメーカーになりました。
 最近、そのテスラに代わって世界一に躍り出たのが中国のBYD(比亜迪)。携帯電話のバッテリーメーカーからの異業種参入でした。
 中国ではその後、スマホメーカーのシャオミ(小米集団)がEVに参入、また、ファーウェイ(華為技術)は中堅自動車メーカーの賽力斯集団(SERES)と組んで、EVブランド「問界(AI TO)」を出しています。
 台湾の電子機器受託製造、鴻海(ホンハイ)精密工業がEV 進出を図り、日産の買収に動いたことが、日産の統合協議入りへ背中を押したとも報じられています。
 鴻海といえば、米アップルのスマホ「アイフォーン」の製造を担ってきた企業ですから象徴的な意味さえ感じられます。
 いずれにしろ、必要なのは優れた自動車製造技術ではなく、ソフトウェア開発能力であり、その開発費用を負担するためには大きくならなければならないということです。


(日経新聞より引用)

生き残りをかけて

 昨年は、世界中でEV の売れ行きの勢いがなくなり、伸び率が頭打ちになりました。EVブームに陰りと言われ、米国では、日本が強みをもつハイブリッド車が売れ、中国では、EVとして認められるプラグインハイブリッド車が売れたようです。
 この現象を受けて、ハイブリッド車に強く、EVでは既に米国や中国に後れをとっている日本の自動車産業界に有利な時代になるとの論調が見られたりもしますが、SDV の進展を考えれば、EV への移行の動きに大きな変化が起きるとは思えません。クルマのスマホ化の流れは止められないのです。
 であれば、自動車メーカーは業績がいいところも、そうでないところも、生き残りをかけて、SDV のソフトウェア開発に突き進まなければならない――それが世界の自動車産業が抱く危機感の正体なのです。
 巨大グループの誕生といって笑っていられないのはそのためです。