経済不振の中、マンション投資などの失敗で自信を失っていた中国人は、9月24日の上海株式市場の株価急騰を境に変化を見せています。
淡い期待
上海株総合指数は恒大集団の不良債権問題の発覚を機に、株価の底とされた3000㌽をずっと割り込んでいました。24日の高騰は、気持ちが沈みがちだった中国人に、再び夢と希望を抱かせました。
古くからの友人である姚言言さん(56歳)は「身の回りで株を話題にする人が増えています。マンション投資の損失を取り戻そうと必至ですよ」と言います。
これを聞いて、本誌の連載が始まった2007年当時の中国を思い出しました。
中国を活動の拠点にしようと上海で生活を始めて、すぐに知ったのが、中国人の投資熱が半端でないことでした。長屋の隣人は普通のおばさんでしたが、ご主人が朝食を料理している間中、パソコンに向って株価をチェックしていました。
株式投資を始める人が中国全土で広がり、投資者が1日で30万人を超すことも珍しくないほどで、まさに熱狂と表現すべき状態でした。
そのおばさんは、「株で儲けて、マンションを買う。息子を海外の大学に留学させる」と夢を語り、私にも株を始めなさいと勧めました。
当時の中国人は、中国が「世界の工場」、「世界の市場」に向って発展する姿に自分の未来を重ね、希望に溢れていました。
劇薬投入による株高
今は、経済が不振を極めているにも関わらず、なぜ株が暴騰し、その後も乱高下を繰り返しているのでしょうか。
これは、実に不思議に見えます。株価は多少の時間差があっても景気に連動する性質があるので、景気が上向く時は上がり、ダメになれば下がるのが自然です。
なぜ株価が上がっているのでしょう。
答えは、人民銀行が底を這う株価市場をテコ入れするために、証券会社やファンド、保険会社など非銀行系の株式投資が一段とスムーズにできるように、融資の仕組みを新たに設けたのです。
これは、証券市場に今まで以上に資金が流れるようにした仕組みなので、まさに “劇薬”です。
これによって上海株が連日連騰を続けたのですが、建国記念日が終わった10月8日に下落し、その後は乱高下を繰り返しています。
企業業績の改善がないままでの株価上昇は、不動産バブルの崩壊と重なって想像を絶する暴落をもたらすことになるに違いありません。
社会動乱前夜の経済状況
では、なぜ人民銀行は劇薬を投入したのでしょうか。
中国経済を振り返ると、ここ3~4年は明らかに下り坂にあります。
一昨年12月、習近平政府は突然、経済不振を打開するためにロックダウンを伴う厳しいゼロコロナ政策を中止しました。世界は、これにより中国経済がV字回復すると大いに期待したのです。
ところが23年の中国経済は、回復どころか、不動産バブルが破綻し、消費が委縮しました。24年に入っても経済不振はさらに悪化するばかりで止まりません。
中国政府が発表した公式統計では、ゼロコロナ政策を打ち出した22年のGDPは3.0%増に過ぎませんでしたが、V字回復が期待された23年はGDPの実質伸び率が5.2%に達したとされています。
ところが、若年層の失業率は、23年6月の政府発表で21.3%と、最悪でした。そのため、翌月から失業率は発表しなくなりました。これは、実際の失業率が当局の発表以上に悪化していることの証でり、若年層の受け皿である零細企業の倒産が続いていることを示しています。
このため、若年層の間で失業者と自殺者が激増していると伝えられます。
これは、社会動乱の前夜になりそうな雲行きといえます。
習近平主席の意向を汲む
ここで、人民銀行が劇薬を用いてまで、化けの皮がすぐ剥がれるような価値のない株
価急騰の経済対策を、なぜ演じたのかを考えてみましょう。
中国政府の戦略を見抜くことは難しいのですが、一つハッキリ見えることがあります。それは、国家体制が最高指導者の習近平主席に権力が集中した「一人独裁」であること。
経済対策であれ、台湾有事であれ、国家の方向を決める重要な政策を決断できるのは習主席だけです。
李強首相でも、習主席の意に反することは発言さえできません。指示がなくとも最高指導者の意を汲み取り、実直に政策を実行することが使命です。
株価急騰が経済不振の打開策とされたら、人民銀行も逆らえないのです。
習主席の最大の懸案は、「4期目」に向けて国家をどう運営すべきかです。
そのためにも景気回復を実現し、3期目が終わる27年までに武力行使をしてでも「台湾併合」を実現したいのです。そんな思惑があって、早く社会を安定させようと安易な株価対策を打ったのです。
しかし、不信を極めている中国経済は、底の見える株価対策では回復しません。
中国共産党の理念をぶち壊した鄧小平の「改革解放」に匹敵する共産党改革をしない限り、中国経済の復活は難しいのです。