やさしい経済解説

投資してはいけない

「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げる政府。投資を煽っているようにみえます。大丈夫なのでしょうか?
写真はイメージです

◆石破ショック

 石破茂政権が発足しました。新首相は、誕生直後にいくつかの洗礼を受けなければなりません。その一つが株式市場です。
 自民党総裁に選ばれた後、東京株式市場の最初の営業日に日経平均株価は、1日で1000円近くも下げました。
 「石破ショック」です。金融政策について、石破氏は、金利の正常化=追加利上げ(株価は下がる)を容認する姿勢であると思われていたから。株式市場は利上げに反対する高市早苗氏の当選を想定していたようなのです。
 思い出すのは、2021年10月に起きた「岸田ショック」です。岸田文雄前首相の党総裁選出から日経平均が実に8営業日連続で下げ、下落幅は約3000円にも及びました。
 岸田氏が政策として金融所得の課税強化に言及していたからです。結局、増税ではなく、経済対策を行う方針を示すことで、株式市場は落ち着きを取り戻したのです。
 その後、岸田政権では、金融所得課税が政策のメニューにのぼることはなかったそうです。こうなると、反応というより脅迫にも思えます。
 今回の石破ショックについては、さっそく日本銀行の植田和男総裁との会談後の記者会見で、「現在、追加利上げをするような環境にあるとは考えていない」と発言。日銀の独立性からすれば、かなりの問題発言ですが、これで、株価はほぼ戻しています。

◆お金が増えている

 ところで、日本の個人が所有する銀行預金や株式などの金融資産は、今年6月末で、2,212兆円(日本銀行「資金循環統計」)とされています。10年前に比べると、1.4倍に増えています。
 一方、米国の金融資産は、今年6月末で、130兆円(連邦準備制度理事会)と巨額で、10年前の3倍に膨れ上がっています。
 家計の金融資産は、日本は米国に次ぐ世界2位ですが、その差は離れていくばかり。
 理由ははっきりしています。
 金融資産がどんな形で運用されているかの違いで、日本の金融資産の50%超が現金・預金で置かれているのに対し、米国では50%超が株式・投信で運用されているのです。
 それもあって、日本政府はみずから「貯蓄から投資へ」とのスローガンを掲げて、国民に株式投資を勧めてきた経緯があるのです。
 もっとも、笛吹けど踊らず。政府の言うとおりに、現金・預金をやめ、リスクをとって株を買おうとする人は必ずしも急には増えませんでした。

◆NISA口座が人気

 その流れが変わった可能性があります。
岸田前内閣が2023年から導入した新NISA(少額投資非課税制度)などの税制優遇投資制度のためです。
 2023年12月末時点で、一般NISAと積立NISAを合わせて約2124万口座だったのが、2024年1月から新NISAが始まると、3ヵ月で210万口座増え、3月末のNISA口座数は、約2322万口座になっています。
 また、NISA口座全体の累計買付額は、2024年3月末時点で、約41.6兆円に達しています。
 若年層から高齢者まで幅広い年齢層が利用しているようですが、特に30歳代から50歳代の働き盛りの世代が多いといい、株式投資のすそ野の広がりが感じられます。

◆投資の本質はギャンブル

 でも、それでいいのでしょうか?
 政府の口車に乗って「投資なんかしてはいけない」と言う経済アナリストがいます。
 ガンと闘いながら経済評論活動を続ける森永卓郎さん。獨協大学教授でもあります。
 森永さんの近刊『投資依存症』という本、一見、面白本の体裁なのですが、本質を突いているところがけっこうあります。
 まず、投資の本質はギャンブルだと喝破しています。ギャンブルの場合、ゼロサムゲームであることがはっきりしていて、勝つ人がいれば負ける人もいる。全体としてはお金が増えることはありません。
 実は、株式投資も同じだというのです。株式市場が拡大しているように見えるのは、2つの理由があるといいます。
 その1つが勝ち組と負け組の格差の拡大。
 たとえば上がり続ける日経平均株価は勝ち組企業225社の平均なのです。これは企業間の格差だけではなく、企業と従業員との分配格差などもあります。
 そしてもう1つの理由がバブルです。

◆バブルの末期に

 森永さんの本のタイトルの「投資依存症」とは、米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳氏の「ギャンブル依存症」を考えればよくわかります。
 「貯蓄から投資へ」のスローガンのもと、政府は国民を投資依存症に感染させようとしている、と森永さんは怒るのです。
 しかも、現状を見渡すと、いまの日本の株価はバブルの可能性が高いと森永さんは見ています。それも、いつ破裂してもおかしくない段階に来ていると。
 そんなバブルの最終局面ともいえる時期に、素人である若者や高齢者を引き込めば、どうなるか?
 仮に、日本株はまだバブルにはなっていないとしても、日本の金利は上昇する方向にあることは間違いありません。常識的には株価は下がり、為替は円高に振れるでしょう。
 なぜこのようなタイミングで投資のすそ野を広げるのでしょう。
 ババ抜きのババを引く犠牲者を増やそうとしていると考えるのは、げすの勘ぐりでしょうか。それを政府が音頭をとってやるとすれば、かなり悪質です。
 もっともこれらは前内閣の仕事でした。石破首相がどう考えているかはまだわかりません。