フッ素は動物の必須ミネラルで、ナトリウム、カルシウムなどと化合した「無機フッ素化合物」が人体で用いられています。
フッ素と炭素が結合した「有機フッ素化合物」は、熱に強く、水や油をはじき、燃えにくく、化学的に安定し、自然界ではほとんど分解されず、人体では利用されません。
「有機フッ素化合物」は有害で、PFASと呼ばれ、地下水に入って水道水を汚染し、問題になっています。
10年で使用割合が倍増
PFASは、ガンや免疫力の低下、低体重出生などとの関連が疑われています。そのPFASが農薬から検出されていることを、本誌2024年1月号で報じました。
その後、アメリカやヨーロッパでの専門的な調査で詳しい実態がわかってきました。
EWGなどアメリカの4市民団体が、慣行農業に使われる農薬の有効成分471種類を調べたところ、14%にあたる66成分にPFASが含まれていることがわかりました。
過去10年間に登録された54種類の有効成分に限ると、30%の16種類がPFASで、使用割合が高まっていました。
新しく開発された農薬ほどPFASが使われている可能性が高いわけです。
研究チームは情報公開法を使って政府から情報を取り寄せて農薬の成分を分析し、その結果をまとめた論文が7月下旬、国立環境衛生科学研究所が発行する査読付き学術誌EHPに掲載されました。
研究チームの一員で、海洋生医学・環境科学の博士号を持つアレクシス・テムキン氏は「今回の研究はPFASによる世界規模での環境汚染に、いかに農薬が関わっているかを本格的に調べたアメリカにおける最初の研究だ」と意義を強調。
同じく研究チームの一員で、元環境保護庁(EPA)職員のカイラ・ベネット氏は「残留農薬ほど人々をより直接的にPFASに暴露させるものはない」と述べ、PFASの全面禁止を訴えました。
効果を高める目的
PFASが有効成分の「PFAS農薬」が増えている理由は、そのほうが農薬の成分が分解しにくく、農薬としての効果が増すためとみられています。
66成分に使われていたPFASの大半は短鎖PFASでした。
PFASは結合する炭素原子の数によって、長鎖PFASと短鎖PFASに分けることができます。国際条約で使用が原則禁止されたPFOAとPFOSはいずれも8つの炭素原子を持つ長鎖PFASです。
短鎖PFASは長鎖PFASに比べて半減期が短く、毒性が弱いとされ、産業界では長鎖PFASから短鎖PFASに切り替える動きが起きています。
しかし、短鎖PFASは、毒性が未知の部分が多く、植物の体内に蓄積しやすいとも言われています。
農薬の66成分の中には、フィプロニルとスルホキサフロルが含まれていました。
両者ともネオニコチノイド系と同じ浸透移行性、神経毒性の殺虫剤。EUは2017年にフィプロニルを禁止し、2022年にホキサフロルの屋外使用を禁じました。しかし、日本ではいずれも使用されています。
果物の20%にPFAS農薬が残留
農薬問題に取り組む国際組織PANヨーロッパは、他の市民団体と協力し、2011年から2021年の間にEU域内で販売された果物と野菜のPFAS農薬汚染を調べ、2月に報告書を出しました。
データはEU各国のモニタリング制度で記録・保存されていたものを使いました。
報告書によると、合計31種類のPFAS農薬の残留を確認。
果物類は、EU域内で生産された果物の全サンプル数の20%にPFAS農薬が残留していました。
ワースト1位はイチゴで全サンプル数の37%に残留。以下、桃が35%、アプリコットが31%でした。
EU産の野菜でPFAS農薬が残留していたのは全サンプル数の12%と果物よりはましでしたが、チコリが42%、キュウリが30%など、汚染度の高い野菜もありました。
2011年と2021年を比較すると、PFAS農薬の残留割合は、輸入品を含めた果物全体では3.8%から14.0%へと3.6倍に高まり、全般に増加。
これは、アメリカと同様に、PFASを有効成分とした農薬の種類が増えたのを反映したとみられます。
1つのサンプルに複数のPFAS農薬が残留していたケースもあり、報告書はこれを「PFAS農薬カクテル」と呼んでいます。
EU域内で生産された果物・野菜類に残留するPFAS農薬で最も多く検出されたのは、殺菌剤のフルオピラム、殺虫剤のフロニカミド、殺菌剤のトリフロキシストロビン。
これらは日本でも使用されています。
EUは現在、15,000種類以上あるとされるPFASを全面禁止する方向で調整を進めていますが、報告書は「PFAS農薬は禁止の対象から除外されている」と指摘し、PFAS農薬も含めた全面禁止を訴えています。
日本の実態は不明
日本でも同様の調査をすれば、実際に使用されている農薬のうち、何種類がPFAS農薬で、農産物がPFAS農薬によってどれくらい汚染されているかわかります。
しかし、専門家も大手メディアも地下水汚染の問題しか頭の中にないので、PFAS農薬の問題には気づいていません。
農林水産省や環境省は常に海外の情報にアンテナを立てているので、知っている可能性は高いですが、これ以上、PFASで叩かれたくないので、自ら進んで明らかにすることはしないでしょう。
なんとも恐ろしい状況です。(猪瀬)