「農薬は病気を治すお薬」
内閣府食品安全委員会のホームページの中に「キッズボックス」というページがあります。明らかに小学生ぐらいの子どもに読ませるために作ったページです。
しかし、中身は問題が少なくありません。特に首を傾げたくなるのは「農薬」のコーナー。
例えば「農薬について知ろう その1」の回では、白衣を着たお姉さんが農薬とは何かを説明。それを受けてポニーテールの女の子が、納得した様子でこう答えます。
「私たちも病気のときにお薬を使うけど、お米や野菜にもお薬が必要なときがあるんだね」
つまり「農薬は病気を治すための有難いお薬です」と言わんとしているのです。
農薬は人の健康を害し、自然環境を破壊しかねないのに、それでも日本で農薬の使用量が減らない原因の一つは、農薬という日本の語感と、そこから発せられるイメージにあるのではないかと考える人は少なくありません。
農薬問題に詳しいジャーナリストの安田節子氏もそう考え、農薬でなく「農毒」という言葉をよく使います。
英語での意味は「殺す」
農薬という日本語がいかにミスリードかは、英語と比較すれば一目瞭然です。
農薬の一般的な英訳はpesticideです。pestiは害虫、cideは殺すという意味。お薬とは真逆のイメージです。
パソコンに農薬と打ち込み自動翻訳にかけるとagricultural medicineと出てくることがあります。agriculturalは農業、medicineは薬を意味します。しかし、この言葉は通常「農業医学」を意味し、農薬という意味で一般に使われることはまずありません。
agrochemicalと訳される場合もあります。agroは農業、chemicalは化学薬品や化学物質という意味です。
pesticideと同じ接尾辞(cide)を持つ英単語には、ほかにhomicide(殺人)、genocide(大虐殺)、infanticide(幼児殺し)などがあります。
こうしてみると、やはり農薬は、「病気を治す有難いお薬」ではなく、「何かを殺すための化学物質」と説明したほうがしっくりきますし、実際、農薬の役割はそういうものです。
食品安全委員会とは直接関係ありませんが、製薬業界では数年前から、家庭用殺虫剤を「虫ケア用品」と呼び始めました。
しかし、英語のケア(care)は本来、気遣う、世話をする、看護するといった意味です。
したがって、虫ケアは正しく訳せば、「虫を守る」という意味。それを殺虫剤の言い換えに使うのは、どう考えても無理があります。
殺虫剤の売り上げを伸ばしたい製薬業界による無理やりのイメージ操作以外の何ものでもありませんが、農薬という日本語も、キッズボックスの説明も、これと大差ありません。
「安全」を繰り返し強調
キッズボックスには、農薬に関し次のような説明も出ています。
農薬は「ここまでなら一生涯、毎日食べても大丈夫」という量を専門家が調べて、 私たちがさまざまな食品を通じて摂る量がそれを超えないように、国によって使用方法などのルールが決められ、管理されています。
科学データをもとに「ここまでなら一生涯、毎日食べても大丈夫な量」や「川の水に含まれていても大丈夫な量」を決めます。これと、使い方のルールを守ったら普段の食事や川の水に農薬がどのくらい含まれることになるのかを比較して、ルールを守って農作物を作れば、人や生き物の安全が守られることを確認しています。
つまり、農薬は「普通に使用される限りは安全で心配ない」ということを繰り返し強調しているのです。
しかし、これらの説明がいろいろとおかしいことに、本誌の読者ならすぐに気づくでしょう。
例えば、発達障害との関係が指摘されている殺虫剤のネオニコチノイド系農薬は、「ここまでなら一生涯、毎日食べても大丈夫な量」を下回る量をマウスに投与する実験をしたところ、マウスが異常行動を示したと、神戸大学大学院の星信彦教授が論文で発表しています。
食品安全委員会も間違いなくこの星教授の論文を読んでいるはずですが、ずっと無視し続けています。
また、食品安全委員会は農林水産省、環境省、厚生労働省と共同で、主な農薬の安全性を、最新の研究成果を踏まえて確認し直す作業を、3年前から行っています。
対象となる農薬の中には、ネオニコチノイド系農薬や、発ガン性が疑われている除草剤のグリホサートも入っています。
「安全に絶対はない」ということを自ら認めているようなものです。それなのに、キッズボックスで農薬の安全性を強調するのは、明らかな矛盾です。
食安委の情報は参考にしないで!
もうすぐ学校が夏休みに入ります。子どもの頃から食に関心を持つことはとても大切なことなので、夏休みの自由研究は是非、食をテーマにしてください。
しかし、その際、間違っても食品安全委員会に話を聞きにいったり、委員会のホームページの情報を参考にしたりはしないよう、周りの大人は気を付けましょう。(猪瀬)