注目高まる「再生型農業」
世界一の有機大国アメリカで、今、「リジェネラティブ・アグリカルチャー」(再生型農業)への関心が高まっています。
何を再生するのか。ずばり「土」です。
美味しくて健康的な農作物を作るには、ミネラル豊富で豊かな土が欠かせません。しかし戦後、食糧増産政策に乗じて企業が農業に参入し、化学肥料と農薬が田畑に大量に撒かれると、土の中の有機物を植物が吸収しやすい形のミネラルに変えたり、土をふかふかにして栄養素が吸収するのを助けたりする微生物やミミズが姿を消し、土が急速に痩せ衰えていきました。痩せた土地で大きくした作物は、栄養が少ないので、それを食べた人間も栄養不足で病気になりやすくなります。
残留農薬も人の健康を蝕みます。
工業化された農業の、こうした問題を解決すると期待されたのが、有機農業でした。しかし、有機農業は、農薬と化学肥料の不使用を最重視し、それ以外の生産手段は問わないので、消費者を農薬の直接の被害から守れても、土を元通りにできません。それどころか最近は、有機農業で使用が認められている伝統的な農薬の大量使用によって、人や土の健康に硫酸銅などの悪影響が懸念され始めています。
そこで、有機農業を超える農業として白羽の矢が立ったのが「再生型農業」でした。
再生型農業には有機農業のような法的に決められた生産ルールや定義はありません。しかし、いくつかの共通点があります。
まず、農薬・化学肥料の不使用が大前提。その上で、被覆作物の利用です。被覆作物は、すき込むと肥料(緑肥)になる、微生物の活動を活発にする、保水力を高める、など多くのメリットがあります。
種まき時に土を掘り起こさない不耕起栽培も特徴です。微生物やミミズ、益虫の生息数が増え、土や作物が健康になります。牛や羊、鶏など家畜を利用する「耕畜連携」を実践する農家も少なくありません。
東京ドーム1千個分が再生型農業に
今回のアメリカ訪問の一番の目的は、環境に優しいワイン造りをするカリフォルニア州のワイン生産者の取材でしたが、訪ねた生産者の多くが再生型農業を目指したり、すでに実践していたりしていて、その広がりに驚きました。例えば、日本でも知られる大手生産者「ケンダル・ジャクソン」は、所有する約4050万 ㎡のブドウ畑のすべてを、2030年までに再生型農業に切り替えると決め、徐々に移行を進めていました。
4050万㎡は東京ドーム約1000個分。壮大な計画です。
畑に出ると、ある区画では、鶏が鳴き声を上げながら、被覆作物の間を歩き回っていました。「鶏は虫を食べてくれるし、糞は肥料にもなる」と担当者は説明しました。
「不耕起」と書かれた看板が立っている区画もありました。
再生型農業に切り替えると土壌が実際にどう変化するかを調べる実験も、農務省から助成金をもらい、カリフォルニア大学と協力して2017年から続けています。得られたデータはいずれ、すべて公開するということです。
大手生産者、地域、研究機関、国が一体となって再生型農業の普及に取り組む姿勢を見るにつけ、アメリカで近い将来、再生型農業が有機農業にとってかわる可能性を感じました。ケンダル・ジャクソンの担当者は「土が健康になればブドウが健康になり、ブドウが健康になれば、よりよいワインができる」と再生型農業のメリットを強調しました。
第三者認証も広がる
「マサイアソン」は家族経営の非常に小規模な生産者ですが、ここも再生型農業に熱心に取り組んでいました。被覆作物がびっしりと植えられた畑を案内してくれたオーナーのスティーブ・マサイアソンさんは、掘り起こした土を手に取り、いかに土がふわふわしているか見せてくれました。
ワインも試飲しましたが、ブドウの瑞々しさがそのままワインになったような絶品の美味しさでした。マサイアソンのワインは非常に人気があり、日本では1本1万円以上します。
訪問はしませんでしたが、再生型農業の第三者認証「ROC」をとるワイン生産者も増えています。ROCはアウトドア用品メーカーのパタゴニアなどが2017年に始めた民間認証制度で、野菜農家や果物農家、畜産農家などが取得し始めています。
ROCのサイトを見ると取得した生産者はアメリカが中心ですが、ヨーロッパや南米、インドなど世界各国に広がっています。しかし、日本にはまだいないようです。
日本の有機農業は、ようやく国が普及に力を入れ始めましたが、50年前からあまり広がっていない有機後進国。このままだと、日本で有機農業が広がるころには、世界ではすでに再生型農業が主流となり、日本は「再生型農業後進国」とのレッテルを貼られかねません。そうならないためには、国の政策を決める政治と、農林水産省の考えを、根本から変える必要があります。(猪瀬)