エヌビディアの急成長
ハイテク業界は“1強”になりやすい特性を持っているのかもしれません。
かつて、パソコンの世界では、「ウィンテル」が独占に近かった時代がありました。
基本ソフト(OS)に米マイクロソフトのウィンドウズを入れ、それを動かすCPU(中央演算処理装置))に、米インテルの半導体が使われました。
半導体は、パソコンではインテルのシェアはまだまだ大きいのですが、スマートフォンやタブレットなど機器が多様化し、スマホでは韓国のサムスン電子が世界一のシェアを持っています。
しかし、盛者必衰。昨年、世界最大の半導体メーカーに踊り出たのは米国のエヌビディアでした。台湾系米国人ジェンスン・フアン氏が、1993年に設立した企業です。
生成AI市場の急拡大に伴い、GPU(画像処理半導体)を中核にしたAI半導体が売れて、AI市場の膨張した需要を1社で食べ尽くしたような勢いでした。
株価も急騰し、時価総額でアップルと並び、アマゾンやグーグル、マイクロソフトなどとともに「マグニフィセント(偉大な)セブン」の仲間入りを果たしています。
半導体製造の1強
ところで、このエヌビディアをはじめ、自社で半導体を製造している企業は、実はそう多くありません。
ほとんどは設計だけを自社で行い、製造は専門企業に委託しているのです。
この半導体製造市場にも、1強がいます。
台湾のTSMC(台湾積体電路製造)で、世界の半導体の受託製造で6割のシェアをもっています。
AI開発には、高性能の最先端半導体が使われます。そして、最先端の半導体を製造する技術を持っているのは、半導体企業ではなく、製造受託企業だということです。
だからこそ、おかしな事も起きています。
昨年秋、中国・華為技術(ファーウェイ)の通信機器製品からTSMC 製の高性能半導体が見つかりました。
米国は中国に対して「安全保障上の理由」で、半導体などのハイテク製品や、戦略物資の輸出を禁止しています。
もしTSMC がファーウェイに流していたのなら、米国にとっては裏切り行為です。ところがバイデン前大統領は、TSMCの米国内での工場建設に、手厚い補助金と減税を、事件発覚後に決めているのです。
日本政府もTSMC の熊本新工場建設に、1兆2000億円の補助金を出すことを決めています。
ドイツでも補助金で工場建設が進んでおり、半導体製造の先端技術を国内に囲い込んでおきたいとの思惑とみられます。
AIは米国優位…のはずが
AI の開発には、こうした高性能半導体を大量に使い、莫大な費用がかかるとされています。
米国のトランプ大統領が、ソフトバンクの孫正義会長、対話型AI「チャットGPT」の開発で知られる米オープンAI のサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)、ソフトウェア大手、米オラクルのラリー・エリソン会長らと記者会見したのは、大統領に就任した翌日でした。
孫氏らは、AI を開発する共同出資の新会社「スターゲート」に、最大で5000億ドル(約75兆円)投資すると発表したのです。
米国ではこのほか、マイクロソフトやアマゾンなど、「マグニフィセント・セブン」が、AI開発やそのベースとなる半導体開発、データセンター設置などに巨額の投資を独自に行う計画もあります。
AI 開発に関していえば、今の中国経済にこれだけの投資資金を集める力はなさそうです。そのうえに、AI開発に必要とされる先
端半導体やその製造装置を、中国は米国な
どから輸入することはできません。
AI の開発では、中国に対する米国の優位は揺るがないように見えたのですが……。
5000億ドルの記者会見から数日後、「ディープシーク・ショック」が起きたのです。
中国のディープシーク(深度求索)という企業が公開したAIの新モデル「R1」。
この「R1」はオープンAI の「GPT-4」と同じくらいの高機能だといい、用いた半導体の数は、これまでのAIモデルよりはるかに少なく、開発コストは560万ドル程度だったと言います。
「GPT- 4」の開発コストは1億ドル。別の企業では10億ドル近いモデルもあるそうですから、「劇的に安上がり」となります。
それなら、皆があれだけ積み上げてきた投資額は何だったのでしょう。
安い開発費でつくれるのなら“米国優位”はどこへ行くのでしょう。
だから米国にとっては“ ショック”だったので、株式市場では、AIや半導体関連株の株価が急落しました。でも、こちらはつい笑ってしまいましたけど。
中国にとっては、思わぬところで米国に一矢報いたということになりますが、後は中国政府がどう考えるかです。
安く作る方法が見つかったのであれば、それは人類にとって意義のあることです。
その成果を“1強” ではなく、多くの国の多くの人が分け合えば、その方がいいのではないでしょうか。