トップへ 他のレポ−ト 調査情報

TPP決着で揺らぐ食の安全

月刊誌記事(2015/11月号No.319)から>
  岡田新一郎 氏 & 小若順一 編集長対談


TPP交渉がついに決着。マスコミは輸入品が安くなることばかり強調しますが、
危険な農薬や食品添加物に汚染された食品が、どんどん日本に入ってきます。
食品の安全や農業はどうなるのか、元・農団労委員長の岡田新一郎氏に聞きました。
clear
●平気でウソをついた自民党
clear
小若 自民党は野党時代、TPP交渉参加に大反対していましたが。
clear
岡田  当時は与党民主党の野田首相がTPPに賛成と言ったから、自民党は単に与党への対抗上、反対しただけです。
しかし、そうだとしても、与党に返り咲いた瞬間に手のひらを返すのは、あまりにも節操がありません。政治の世界は平気でウソが通るということを、国民に改めて示しました。
 自民党には、全国農業協同組合中央会の元専務だった山田俊男参議院議員もいますが、TPPに関しては何もできなかった。末端の農協はみんな不満を抱いていますよ。 農協は自民党に献金し、人まで送り込んでいるというのに、これでは何の意味もありません。 TPPについては、安倍首相は確信犯ですが、農林族はまったく不甲斐ない。
 今回の件では、農協にも罪があります。TPPは、農業以外にも、金融やサービスなど重要な分野がたくさんあります。 ところが、既得権益の代名詞みたいに思われている農協が、声高にTPP反対を叫んだことで、国内の反TPP運動にブレーキをかけてしまった面があります。
私は以前から、農協が前面に出たらダメだと言ってきたのですが、結局、前面に出てしまい、農家にとっても最悪の結果となってしまいました。
clear
●農業衰退で自然災害多発の恐れ
clear
小若 日本にとって一番関心の高いコメについては、従来のミニマムアクセスとは別に、 アメリカ向けに7万トン、オーストラリア向けに8,400トンの無関税輸入枠を新たに設けました。
clear
岡田 コメの国内消費量が減り、米価も下がっているのだから、本来なら逆に輸入量を減らすべきなのに、バカな話です。 これで、コメ農家の生産意欲はますますなくなります。政府は、やる気のある個人に農地を集約し、規模拡大で輸入米と競争させようとしていますが、 日本の水田は飛び地が多いので、規模拡大には限界があります。
 水田には、自然災害防止機能という重要な役割もあります。TPPの結果、安いコメがどんどん輸入され、農家が疲弊して耕作放棄地が増えれば、日本各地で自然災害が増えます。
農村の過疎化もますます進みます。えらいことです。
clear
小若 日本のコメは、中山間地でとれるコメの方がおいしい。 平場の平凡な味のコメを、海外のコメと競争させると、同じ品種のコメを外国で生産するようになるので、長期的には勝ち目がありません。
clear
岡田 私は、日本のコメの競争力をつけるのであれば、1990年代半ばにガットウルグアイラウンドが終わったところで、 思い切って関税化すべきだったと思っています。競争原理がうまく働き、まずいコメを作る農家は自然淘汰され、おいしいコメを作る農家だけが生き残り、競争力がついたと考えるからです。
 しかし現実には、農家は、長い間一律に減反を強いられ、味に関係なく同じ値段で政府が買い取るという悪平等政策が続いたことで、競争力をつける機会を逸してしまった。
clear
●食料主権を揺るがす大問題
clear
岡田 今回のコメの輸入枠拡大は、日本の「食料主権」を揺るがす大問題でもあります。
食料主権とは、自国民のための食料生産を最優先するため、食料・農業政策を自主的に決定する権利です。
 私は前々から、アメリカにしてもオーストラリアにしても、彼らにとって主食でも何でもないコメを日本に無理やり押し付けるのは、おかしいのではないかと思っていました。 日本は、コメを守ってこそ自らの食料主権を守ることができるのです。それを放棄するのでは、もはや瑞穂の国とは言えません。
clear
小若 TPPが、日本民族の根幹を脅かしているということですね。
clear
岡田 そういうことです。安倍首相はウルトラ保守の思想の持ち主のはずなのに、. TPPに関しては、結果的に、まったく逆のことをしました。所詮、ニセモノのウソつきです。
clear
小若 アメリカもオーストラリアも干ばつが広がり、輸入枠をもらっても、実際に日本に枠の分だけ輸出できるかどうかわかりません。 オーストラリアなんて、私が2011年に視察に行った時は、深刻な干ばつで、タイから緊急輸入したコメを輸出していたほどです。
clear
岡田 仮に枠を消化できなかったら、契約不履行でペナルティーを科すとか、そういった条項を盛り込むぞと、 交渉で強気に出ればよかったのです。交渉とは本来そういうものなのに、日本政府は今回、全部、相手に譲ってしまったのだから話になりません。
clear
●農薬、食品添加物が大幅増
clear
小若 私たちは、TPPに盛り込まれた「衛生植物検疫(SPS)措置」が、大きな問題だと考えています。 植物検疫に関する新たなルールによって、2つ の大きな問題が起こるのではないかと非常に懸念しています。
 一つは、食品添加物の指定種類が大幅に増える可能性があること。日本の添加物規制は、化学的合成品の全面禁止からスタートしているので、 アメリカやヨーロッパに比べて合成添加物は非常に厳しいのです。
 ところが、公表されたTPPの合意の概要には、「自国の物品の輸入に関連する全てのSPS措置に関する情報を、求めに応じ、他の締約国に提供する」とか 「科学的な原則に基づいて、加盟国に食品の安全(人の健康又は生命の保護)を確保するために必要な措置をとる権利を認めるWTO・SPS協定を踏まえた規定」といった文言があります。 これは要するに、日本が安全性を理由にある種の添加物を輸入規制しようとするなら、安全でないことを科学的に証明し、証明できなければ輸入を認めるよう迫ったものです。
clear
岡田 つまり、これからは、合法的、科学的にきちんと説明できないと、 相手国から難癖を付けられ、安全かどうかわからない添加物の輸入に歯止めがかからなくなる、それによって、私たちが口にする食品の安全が脅かされるということですね。
 同じ箇所に、「日本の制度変更が必要となる規定は設けられておらず、日本の食品の安全が脅かされるようなことはない」と断定調の文章がわざわざ書かれているのも変です。 なぜ、「脅かされない」と断定できるのか。問題が起きたら180日以内に解決しないといけないというルールも、大問題です。
clear
小若 もう一つの大きな問題は、農薬です。
海外では、日本政府が残留基準を設定していない農薬が数多く使われています。残留基準未設定の農薬を使用した食品の場合は、 0.01ppmを超えたものは輸入できないと定めて、農薬の一括取り締まりをしています。
 ところが、今後は、例えば残留農薬濃度が0.02ppmで輸入禁止措置となった場合、相手国が「0.02 ppmで有害となる根拠を示せ」と言ってくる可能性があります。 もともと、0.01ppmという数字自体に科学的根拠はないので、日本としては説明が非常に苦しくなります。
clear
岡田 そういう決まりだから仕方がないという日本的理屈は、これからは通用しなくなるわけですね。
clear
小若 食品添加物の指定数が大幅に増える、残留農薬規制が甘くなる、この2つは今後、大きな問題になります。
clear
岡田 サービスの貿易に関し、国内の規制を変更する場合は貿易の自由度が後退してはならないという、いわゆる「ラチェット条項」も、国の主権を縛ることになり、おかしいですね。
clear
●TPP参加は国を売ったということ
clear
小若 他に岡田さんが問題視している内容はありますか。
clear
岡田 公共事業も、公開入札が原則となり、より外国の企業に開かれます。 アメリカ企業もどんどん入ってきますし、コスト競争力のあるベトナムやマレーシアの企業も参入してきます。
 日本の地方経済は、良くも悪くも、公共事業に頼る部分が大きい。公共事業が外国企業に奪われるようなことになれば、都市と地方の経済格差はますます広がります。 タクシー業界やトラック業界にも、外国企業が参入してきます。そうなれば、運転手の労働環境は悪化します。
TPPに関する報道では、個別分野の貿易自由化に焦点が当たっていますが、私は、一番大きな問題は、アメリカが自分のやりたいように貿易のルールを変えようとしていることだと思います。
 その象徴が、相手国の制度のせいで不利益を被ったと感じた個別企業が、損害賠償などを求めて相手国を訴えることができる、いわゆる「ISD条項」です。
 ISD条項に基づく裁判は、国際機関による中立の体裁を取っていますが、実態は、アメリカの息のかかっている世界銀行の傘下にあり、過去の例からすると非常に不透明で、普通の裁判のように上訴もできません。
 実際、北米自由貿易協定では、アメリカ企業がメキシコ政府を訴え、多額の損害賠償を勝ち取る例が相次いでいます。 安いトウモロコシがアメリカから流入したせいで、メキシコのトウモロコシ農家もボロボロです。そうして職を失った農民や労働者が、家族を養うためにやむを得ず不法越境した結果が、 皮肉にも、今アメリカ社会を悩ましている不法移民問題です。
 日本もこのままでは、アメリカの従属国になってしまいます。
clear
小若 ということは要するに、TPPは日本政府がアメリカに日本という国を売ったということですか。
clear
岡田 日本のマスコミは書きませんが、まさにそうです。
clear
小若 おそらく10年たったころに、日本人はそのことに気付くのでしょうね。
clear
岡田 10年後に気付いても、すでにそういう仕組みになっていて、どうすることもできません。手遅れです。
clear
小若 そんなアメリカにとってやりたい放題のTPPに今、韓国も参加したいと言い始めています。 私に言わせれば、アホですね。参加したら、韓国の伝統文化が消えてなくなります。
clear
●実態は大企業による経済支配
clear
小若 他に岡田さんが問題視している内容はありますか。
clear
岡田 TPPの合意概要の中には、医薬品の特許期間に関するものも盛り込まれていますが、 合意の詳細は、一部の大手製薬会社にしかわかりません。彼らの代表が専門家として交渉団に加わり、ルールを決めているからです。
 要は、TPPを事実上、牛耳っているのは、一握りのアメリカの大企業、多国籍企業です。貿易自由化と言ったって、その恩恵を受けるのは多国籍企業だけ。 言葉は悪いかもしれませんが、TPPは、泥棒が自分たちで取締りのルールを作っているようなものです。
clear
小若 最後に、TPP時代を迎え、私たち消費者一人ひとりはどうすればいいのか、アドバイスをいただきたいと思います。
clear
岡田 消費者は、TPPのおかげで、牛肉など輸入食品の値段が安くなるというイメージが強いかもしれません。 でも、それはマスコミによる一種のマインドコントロールです。
例えば、TPPを機に残留農薬や食品添加物の実質的な規制緩和が進めば、必ず輸入食品の安全性の問題が出てきます。 値段の安さに惑わされずに、安全な食べ物を選ぶことが、一段と重要になってきます。
 食べ物以外にも、社会保障や医療サービスは大丈夫なのか。国民皆保険制度のないアメリカの大企業が、日本の皆保険制度を、日本進出を妨げる非関税障壁だと訴えてくる可能性だってあるわけです。 非公開の内容が多いのですが、アメリカと北米自由貿易協定を結んだメキシコ政府やカナダ政府が、アメリカ企業に訴えられている先例を見ると、日本も大変な時代がやってくると覚悟せざるを得ません。
clear
2015年11月1日発行 No.319
clear



トップへ 他のレポート 先頭へ 月刊誌検索へ関連月刊誌を検索

『食品と暮らしの安全』を購読しませんか?
最新の安全・危険情報はもちろん、食の安全に関する役立つ情報が満載。

月刊誌ご案内

 サイトマップ  |  よくいただくご質問  |  プライバシーポリシー  |  お問い合わせ 

©2016 食品と暮らしの安全